茨城不安定労働組合

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賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(313)『光陰的故事』

加藤匡通
五月××日(水)
今日の現場は都心部。大きな建物の改修工、やや特殊な構造なので使いやすくするためにか、壁は片っ端からぶち抜かれるらしい。建物内に入ると壁や天井のいたる所に「解体」と大書きされている。養生・クリーニング屋のR社として入っているが派遣会社の二人だけだ。作業は天井の点検口の取り外しと火災報知器のセンサーの養生、それと床の一部養生である。火災報知器は埃にも反応するので改修現場ではマスキングテープで埃が入らないようにする必要があるのだ。問題は点検口の方で、外すの自体は簡単なんだが数が多くて大変。天井の点検口だから当然ほぼ手は届かない。軽くて小さな脚立があればラクなんだけど、スーパーゼネコンは死亡事故対策で基本的に脚立は使用禁止である。代わりに立ち馬と呼ばれる移動式の、馬に見えなくもない踏み台を使う。これが重くてでっかくて運びずらくてなあ。今回の点検口取り外し中、労力はほぼ立ち馬の移動に使われていると言っていいくらいだ。えっちらおっちら立ち馬を運んで狭いところではひいひい言いながら振り回し、馬に登って天井仰いでちょっと作業して降りて、の繰り返しだ。
現場は昨日今日と続いている。二日とも派遣会社だけ、その前は本体が来ていたようだがメインの養生が一段落したからか本体は来なくなった。点検口はまだまだ限りなくある。直接僕たちに指示を出している監督はしばらく継続で来て欲しいと言っている。帰りに近くの銭湯に入れるし、しばらくここかと思っていたら、明日は別現場だと会社から言われた。ええ、荷物全部お持ち帰りなの!僕たちに指示してる監督は多分どこかの派遣会社から派遣されていて、監督同士の会話に妙な上下関係がうかがえる。その上のスーパーゼネコンの監督が僕たちの継続を認めなかったらしい。しかも現場が少ないからと、川崎からさらにバスで行く現場か東京郊外かなりに西のどちらかを選べと言われ、交通費が安い西にした。それでも往復三千円を越す。一日の日当じゃ三日通えないじゃないか!
今夜は映画を見る予定、終映時間が遅くて帰宅して風呂に入ったりしてたら四時間寝れなさそうだったので都内に泊まりにしていたのだ。常宿のカプセルホテルから今日の現場ならかなりゆっくり寝れると思ってたのに!荷物も置いてくつもりで着替え持って来たのに!
予定の映画はレイトショー、時間があるからとその前にもう一本と『百日紅』を見た。原恵一のアニメの新作なので期待していたが、イマイチだった。あれ?と思いながら本命の『光陰的故事』を見た。水曜のレイトショーしか上映がない映画で、台湾のエドワード・ヤンのデビュー作のオムニバスである。多分完全な形ではこれがこの国初公開。三月のモーニングショーではエドワード・ヤンのパートだけの上映だった。エドワード・ヤンはずっと『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』を見たきり。四時間ある映画を見て休憩時に「あとニ時間ある!」と喜んだのはこの時だけ、なのに他の作品を見る機会がなぜかないままエドワード・ヤンは死んでしまう。去年たまたま、遺作となった『ヤンヤンの夏休み』を見てまた傑作だったので他の作品も見たくて仕方なかったのだ。カプセルホテルとは言え一泊したら食費や何かで日当の半分以上がなくなってしまう。そんなにまでして見た『光陰的故事』は習作としか言えない映画で、思い切り肩を落として映画館からカプセルホテルへの短い距離を歩いて来たのだった。期待の大きい映画は八割外れだな。明日は朝から中央線で一眠りか。