茨城不安定労働組合

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賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(常雇?)(395)伊勢治書店、そして香山滋

賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(常雇?)(395)伊勢治書店、そして香山滋
加藤匡通
十二月××日(水)
  父方の実家は山形県庄内地方の余目だが、母方の実家は神奈川県の小田原である。余目は数えられるほどしか行ったことはないが、小田原には数え切れないほど行っていて、いやそれどころか中二の時には数ヶ月住んでいたこともあり土地勘もある。にも関わらず小田原の古本屋には一度も入ったことがないんだが、それは置いといて。
  小田原に住んでいた時に通っていた本屋は三軒あった。八小堂書店、伊勢治書店、平井書店の三軒で、三軒とも小田原駅の近辺にあり当時住んでいたのは板橋と言うところで歩いて三十分かかったが、他に楽しみはなかったので足繁く立ち読みに通った。
  中でも伊勢治書店は一番の老舗(一六八〇年創業!)で店も大きかったと思う。ある日行ってみると小田原在住の、当時はまだ若手だった夢枕獏のサイン会がその日にあると告知が出ていたことがあった。中学生で金なんか一円も持ってない。八十二年、夢枕獏はまだ売れっ子になる前だったが『幻獣変化』の評判を聞いていたので関心はあった。三十分歩いて自宅で金を用意してまた三十分歩いて伊勢治書店に戻り、サインをもらいに行くと、休憩中だったのだろうか、喫茶店に連れて行かれて出たばかりの『幻獣少年キマイラ』にサインをもらったのを覚えている。
  月日は流れ、こちらの読書傾向はすっかり変わった数年前(SFを読まなくなった訳ではない。優先順位が下がったのだ。夢枕獏はあれ以来好きな小説家で、あの時買った『キマイラ』はまだ完結していないが、未だに楽しんで読んでいる。頼むから完結させてくれ。)に行く機会があったが、地域資料の多さに小躍りした。探す本が変わってもしっかり応えてくれるのは実に喜ばしい。
  先日、その伊勢治書店が市の中心部である駅近辺から撤退したと聞いた。鴨宮の方で縮小して営業していると。検索したら小田原駅前にはむしろ本屋は増えていた。どれも大手の連鎖店だ。小田原もそうか、いずこも同じだな。どこの店舗でも『ハリー・ポッター』や村上春樹を大量に並べる本屋の何が面白いものか。映画館は十年以上前に同様の事態となっていて、小田原の中心部に映画館はとっくになくなっている。八二年に『転校生』『ロッキー2』(これは学校で行った)『伝説巨神イデオン 接触篇・発動篇』の三本を見に行った小田原オリオン座はそれでも二〇〇三年までは続いていたと言う。
   夢枕獏より前から読んでいる好きな小説家に香山滋がいる。『ゴジラ』の原作者として有名で、僕もそもそもはそこから読み始めた口だが、本来は推理小説畑出身の幻想的な小説を書いていた「昭和二十年代」の流行作家である。僕が小田原にいた頃は文庫本で五冊は出ていたが、近年新刊として入手出来る文庫本はなくなっていた。ところがこの十月に河出文庫から『海鰻荘奇談』が文庫新刊としては十三年振りで出たのだ。既読の作品ばかりだが当然買ったさ。香山滋は決して上手な小説家ではなく、出鱈目で破綻した作品も多い。しかし鮮烈なイメージで忘れられない場面も多く、もっと読まれてもいいと思う。今回の『海鰻荘奇談』が売れれば続刊があると言うことなので、そこそこ売れて是非続刊をと願っている。編者の解説にあった「人見十吉物で一冊」と言うのは多分ファンがずっと望んでいることだ。あ、いや、そのファンってのがどれだけいるのかが問題なんだろうけどさ。