日雇派遣日記 賃金奴隷な日々(日雇)(583)日曜出勤、ないし『素晴らしき哉、先生!』
加藤匡通
十一月××日(日)
『イリアス』下巻は留置場を出てから一ヶ月かかって、ようやくを読了した。前回弾圧時も『監獄の誕生』を、出てから一ヶ月かかって読了している。この時はあと十日延びれば読み終わるのに、と本当に思ってた。今回は延長されるとは起訴を意味して、数ヶ月単位で延びるとわかっていたのでそんなことは希望していない。とは言え延びたら『歴史』とか『戦史』とかギリシアの古典を読みまくろうとは思っていた。そうでもしないと壊れていたろう。
留置場より労働の方がましとは言っても、読書が進まないことがいいこととは思えないなあ。普通に生活していると、本を読んでばかりはいられないのはとても悔しい。
日曜の夜は『素晴らしき哉、先生!』を楽しみにしていたが、弾圧されて何話か飛んで、やっと見れたらもう最終回だった。
たまたま流れていた場面が恋人との別れを静かに涙を流しながら語り続けるところで、演じている生田絵梨花に目を奪われて見始め、浮気した恋人がその理由として教師になってから仕事に時間を取られて自分と会う時間もどんどん減っていったことを上げた時の、「それを私に言うなよ」に胸を打たれた。制度の、仕事の矛盾は個人に降りかかるとその個人の人間関係を、時には個人そのものをも破壊する。大きな視点で見れば、それが制度や仕事の矛盾なのだとはわかる。しかしその矛盾に直面している本人は大抵の場合どうにもならず、矛盾が制度の問題だと気がついていても、不幸として経験するしかない。それを見事に表している場面だ。
まあ今はテレビをあとから見ることの出来るシステムがあるから、どうしても見たければネットカフェに行けばどうにかなるんだけどさ。
久し振りで日曜に仕事に出た。同じ現場の仕事だが、今日は養生ではなかった。解体屋が工場内の壁を、工場が休みの土日に壊していてその片付けと掃除である。
間仕切りの壁は軽天とボードで組まれている。昨日で大半を解体したらしく、今日解体する範囲は少ない。だか掃除は手間だ。石膏ボードはその気になれば素手で殴っても穴を空けられるが(怪我はするからお勧めしない)、ボード屑の細かい白い粉を撒き散らす。昨日は解体屋がいい気になってバンバン壊していたので場内は真っ白になっていたと言う。眼鏡なしでは目が痛かったそうだ。明らかにやり過ぎである。その白い粉を掃除する訳だ。
小さい現場なら解体屋が自分で解体するための養生をして、解体した物を片付け、自分で最後の掃除までするだろうが、ゼネコン現場では解体以外全部他人任せである。これは解体屋に限らない。前後の段取りは雑工に丸投げが当たり前になっている。ゼネコンがそうしているとは言え、当たり前のように「あとはお前たちがやれ。」って顔をされるのはあまり気持ちのいいものではない。
解体は十時には終わっていた。さて掃除が何時に終わるものかと思っていたら、解体屋がおが屑清掃を手伝いだした。いや、僕たちは三人、解体屋は十人以上だから掃き掃除の主力は解体屋と言っていい。二時間かかると思っていた掃除があっという間に終わる。解体屋は掃除が終わると引き上げて行った。まだ昼前だ。
次はシートのばらしである。工場内を汚さないために解体する壁の外側に天井から床まで防炎シート垂らして仕切っていた。その撤去だ。天井が高いので高所作業車を使っての作業で、僕は撤去したシートを下で片付ける役である。天井近くにはコードや電気のラックがあって、その周りは丁寧にガムテープで止めてあり高所作業車の運転手兼作業員は苦労しているが、僕は下から見上げているだけ。がんばれー、とか声援を送ろうかと思ったがやめておいた。合間に機械類にかけてある薄手のシートを剥がして回る。
丁寧な最終清掃は求められてはいなかったので三時には全て終わり、十五分頃には現場を出た。早上がりはいいものである。
この日最初の作業は解体したボードの袋詰めだった。台車にトン袋と呼ばれる、えーと三・一一以降にフレコンパックとして有名になった廃棄物を入れる袋が乗っていて、その中にボードを入れる作業だ。ボードは分厚く重い。この一年シート養生しかしていない僕がどのくらい持てるのかと不安だった。
案の定、ボードを持ち上げ、トン袋に入れるだけの作業で息を切らすことになった。トン袋に入れるには僕の肩よりやや低い高さまでボードを持ち上げなければならない。これが一息で出来ない。ひいひい言ってやっと持ち上がる。続けて何枚も、なんて無理だ。この現場が終わったら、他の現場で使い物になるのかな、俺。
二ヶ月続けて電気代が大変なことになっている。七月八月の支払いが今頃なのだが、いつもの倍を越えている。八月分は二万を越えてる。一日中冷房を着けていればそうなる。使わないと母が死んでしまう。どちらを選ぶかは決まっているが、しかし高いことに変わりはない。首が回らないよ(前回も言ってた。)
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