茨城不安定労働組合

誰でも入れるひとりでも入れる労働組合である茨城不安定労働組合のブログです。

賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(236)壁塗装ケレン

加藤匡通
十二月××日(水)
   固定現場に入っていると書いたが、ここもI社である。しかしI社本体は最初の二日しか来なかった。養生・クリーニングより雑が中心だからだろう。で、僕が職長になっている。既存マンションの耐震改修工事をしていて、現場の規模は小さい。多い日でも三十人いるかどうかだ。各職長とはすっかり顔馴染みになった。僕以外は真っ当な職長なんだろうけど。
   この数日は廊下壁の塗装剥がしをしている。塗装とは言っても吹き付け、よくランダムに凸凹した仕上がりの壁を見かけるが、あれだ。
  最初はあれをスクレーパーと言う先端にカッターの替え刃を付けた道具で削れと言われた。削れない訳ではない。確かにスクレーパーでもコンクリ剥き出しの状態には出来る。しかし範囲が十メートル程あって、それが七階分。僕たちのペースだと二人で一階に十日で終わるかなあ。それは工事現場の要求する速度ではない。翌々日に本職のはつり屋が同じ状態でやってみたら僕たちの四、五倍のスピードでやっていて、I社の下請一同絶句した。そんなに違うのかよ。しかしそれでも工事現場の要求する速度ではない。はつり屋はスクレーパーと並行してベビーサンダーでカップ掛けも始めた。壁や床を削るための道具で文字通り回転部分がカップ状になっているが、名前がそれにちなんでいるのかは知らない。これは早い。これでようやく工事現場が要求する水準になった。
  しかしこの作業は埃が凄いので、僕たちの仕事は作業範囲から埃が出ないように作業場所を養生することに変わった。突っ張り棒を使ってブルーシートで作業場所をすっぽり覆うのだ。強い風が吹けば桶屋がもうかる、じゃなくで、どう頑張って作っても強い風が吹けば飛ばされてしまうような代物なので、住人がいる隣に無人で置いとけるはずもなく一日毎に作っては片付ける養生である。埃が出ないように可能な限り密閉するがどうしたって埃は漏れるし、あまりに完璧に密閉したら息は出来ない目の前は見えないではつり屋が怒り出すだろう。養生が済んではつり屋がカップ掛けを始め、他の作業をしていたら養生から埃が漏れてると何度も呼ばれたよ。ちなみにこの養生と並行して組(元請けゼネコンのことを、たいていは企業名か「組」と呼ぶ。「ゼネコン」なんて呼ぶことはない。)からは様々な雑工仕事が出されていて、僕は養生をI社として入っている同僚(と言っても半分は同業他社)に任せて(押し付け、とも言う)一人黙々と雑をこなしていた。ワタクシは養生・クリーニング工ではなく雑工であります!いや、職長とは便利な役割であるな。
   物は試しと薬品を使ったら、今までの苦労が嘘のようにスクレーパーであっさり吹き付けが剥がれていく。薬品で吹き付けを柔らかくして、と言うよりほとんど溶かしている。大量に塗りたくれば本当に溶け落ちるだろうが、それは薬品の使用量が増えすぎるので組が許さない。はつり屋の一人はそれを見て「先にそれ使えよ!」と言ったが、いやまったくだよ。はつり屋の人区とI社の人区でははつり屋の方が高いが、薬品使えば高いはつり屋を呼ばずともI社でケレンは出来るし、養生の手もかからない。もし必要ならI社が自分で出来る。かくして壁塗装ケレンはI社の仕事に戻った。まず床にロールのブルーシートを敷き、さらにマスカーで壁のすぐ際に剥がれ落ちた塗装を受けるための養生をする。マスカーの養生は休憩毎にゴミにする。風で飛んでも、住人が何かの間違いで触っても困るからだ。体に悪いことは間違いないのでゴム手袋、ゴーグル、マスクをしてローラーや刷毛で薬品を塗り、五分以上待ってからスクレーパーを使う。薬品は嫌な臭いと、これまたいかにも体に悪そうな合成着色料のような青い色をしている粘り気の強い液体である。剥がれた吹き付けで足下はべたべたになるので、ブルーシートの上で長靴に履き替えての作業だ(組が用意した長靴が作業人数分ではなかったので念のためにと靴カバーを自費で用意したが結局使わなかった。こういう場合派遣会社が持つか持たないかは場合によるけど、今回は出ない。)。先にはつり屋が各階とも最低限必要なところはもう剥がしたので残りは予定範囲の半分以下、少ない階は五分の一だ。それを差し引いてもまあ作業の早いこと。一階に二人で半日程度で終わっちまう。あのスクレーパーでの苦労は何だったんだよ。