茨城不安定労働組合

誰でも入れるひとりでも入れる労働組合である茨城不安定労働組合のブログです。

賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(281『どこへもゆけない道』

加藤匡通
十月×日(木)
  日曜は新聞折込の求人紙が複数、月曜は駅やコンビニに並ぶ無料の求人誌の発行日である。求人情報はほぼこの二日間分しか見ていない。この数ヶ月、ほぼ月イチで面接を受けている。が、何の技能もない四十五才を拾う会社はそうはなく、まして運動を優先出来る仕事などと言う便利なものがあるはずもなく落ち続けている。当然だ、何の技能形成にも努めて来なかったお前が悪いと言う笑い声が聞こえるよ。
  昔からの友人に会っても最早かつてのようには話せないことも多い。この歳にもなればかつては意識せずにいた、ないしは未分化だった階級差は明確になって僕の前に溝として横たわる。家族を持ち、それなりの苦労をしながらではあるものの一定に収入を得ている者と、家族も持たず定職についているかすら怪しい者では共通の話題もなければ現状への判断の仕方も違う。二十五年以上前の共通体験だけでは溝は埋められない。言葉にはならずとも「あんたなんで日雇いなの?まだふらふらしてんの?」と視線が語っている。僕の勝手な思い込みだろうか。
   割と近くの現場で、珍しくスケジュールが合ったので、仕事を終えてから面接に行った。前夜どうにか時間をやりくりして履歴書を書き、真っ暗な中地図を見ながら初めての道を走った。市街地でもなければ地図だけで目的地に辿り着くのは、茨城ではちと面倒だ。時間が迫り気がせいてくるが目的地がどのあたりなのかよくわからない。店もないしどうしたもんか、あきらめて電話した方がいいか、でもこれじゃここがどこかも説明出来ないしな。そろそろ車を止めようかと思い始めていたら、目的地らしい看板が暗がりの中から現れた。ふう、間に合った。面接が始まり、条件を一通り説明され、どうしますかと尋ねられた。土日祝休みで社会保険込みの十七万、一年契約、昇給なし、繁忙期は毎日二時間程度の残業あり。こちらから断った。昇給もなしでは条件が悪過ぎる。募集は一人だそうだが、その条件で人は来るのだろうか。来るのだろうな。履歴書書いて面接しても条件が悪くてこちらから断るパターンが続いている。電話で詳細を聞ければ面接でこちらから断る回数は減るのだろうが、あまりしつこくのもなあ。今よりは給料が上がらないとどうにもならないが運動が続けられなければ意味はない。こんなことを言っていれば、また昔の友人たちに笑われるだろう。