茨城不安定労働組合

誰でも入れるひとりでも入れる労働組合である茨城不安定労働組合のブログです。

賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(339)年収二百万の自業自得

加藤匡通
四月×日(月)
先週は安全保証関連法施行への抗議行動と『九月、東京の路上で』の著者と『都市と暴動の民衆史』の著者によるトークショーがあって二日休んだ。前者は反戦ストの呼び掛けに組合として応えた。とは言ってももちろんストなんて出来ないので職場前集会への参加だけだ。後者は「「暴動」から考える――東京の過去と現在:彼らはなぜ暴れたのか/私はなぜ暴れないのか」と言う題からして行かなければと言う気にさせられる集まりで、大変面白かった。まったくさ、こんなに暴れたいのになんで暴れられないんだろうな。二日休んだので先週は四日しか働いていない。
去年の年収が判明した。派遣会社から源泉徴収票をもらったのだ。去年は二月から十二月までで百九十一万七千二百九十円だった。八月から日当は九千円に上がっているから単純には割れないものの、だいたいひと月十七万ってとこだ。日当の額だけで言えばやっと十年前の、東京を離れる前の金額に戻った。これに一月に働いていた土木の給料を加えれば去年の実収入がわかる。一月分も二十万に満たない、たしか十五、六万だったと思う。だから去年の僕の年収は二百万をどうにか越えたくらいになる。
これまで日当がいくらなんて話は出していたが月収だの年収だのを具体的には出して来なかった。一つには、「なんだよ、結構もらってるじゃないか。」と言われるのを警戒していたからで、「そんだけもらってさらに同居している親の年金まであるのに生活が苦しいのはお前が使い過ぎているからだ。」と言うある意味真っ当な指摘を恐れていたからだ。僕より少ない額で家計をやりくりしている人は少なくない。そんな人たちからすれば僕はただの使い過ぎである。もちろん冷静に考えれば年収二百万で使い過ぎもないもんだ。労働者の平均年収の半分、安いと哀れまれこそすれ、使い方をとやかく言われるような金額ではない。けど、そんな声が聞こえる気がしちまうんだよ。
理由のもう一つは役所に収入を把握されても問題がなくなったことだ。滞納していた税金の差し押さえの連絡が来たのである。差し押さえそのものはどうにか回避できたものの、毎月三万二千円、週八千円ずつ払うことになってしまった。払わないと給料から一定の割合で差し押さえると言う。市役所は当然にも派遣会社に調査しているので僕の収入は把握されてしまったのだ。五年滞納し、ほんの少しずつ払ってきたが金額は減るどころかむしろ増え続けて七十万近くになり差し押さえと言うめでたい運びと相成った。市役所の基準からすると僕の月収万前後では七万強が差し押さえ額だが扶養家族が一人いるので三万二千円に下げたのだそうである。この基準額をどう算定したのかは知らない。七万差し押さえられたら映画や本どころか公共料金や車の保険が払えなくなるのだが、そんなことは考慮しないらしく、一年以内での支払いが目安とも言っていたので基準はそこかもしれない。滞納したのはほぼ国民健康保険である。自業自得なのかもしれないし、多分このブログを読んでる人のある程度は遊び続けたお前が悪い、甘えるなと言うだろう。前にも書いたが自分が蟻ではなく
蝉だと言う自覚はあるので「ごもっとも」とうなだれるしかないのだが、市役所の強行さには恐れ入る。司法の厳罰化が思い浮かぶよ。税金を払わない奴にも罰を、とでもやられてるみたいだ。まあ、「借金は返せ」とこの国は学生にも迫っているしな。税金を払わない奴だからと犯罪者呼ばわりされないだけましなのかもしれない。
映画館で映画を見る、本を買って読む、なんてことは贅沢な遊びとみなされつつある。少なくとも市役所からすれば僕の収入でしていていいことではない。けど、僕は税金を払うために働いてるんじゃないぞ。もちろん資本主義下の繁栄のためでもない。映画を見ることも本を買って読むこともやめないからな。
とは言え内情は火の車、なのに今週休みまくり、車検は来週だし三万二千円は払わないと差し押さえが来てしまう。しばらく週六日働かなきゃと思っていたら、夕べ布団を敷こうとしたらぎっくり腰になった。寝返りも打てず、四時半に目覚ましを聞いも痛みは変わらない。会社に電話した。痛くて立ち上がれないよ。どうにか医者に行ったけど、こりゃ明日も仕事は無理だな。いやもう何と言うか、「このタイミングかあ、神様って意地悪だなあ」。僕は無神論者なのでこの台詞をそのまま言う訳にはいかないが、誰かが収支をゼロではなくややマイナスに合わせようとしていると思ってしまうことはある。楽しいことの後には本当に収支をマイナスに戻そうとするかのような出来事があるのだよ。トークショーが面白すぎたんだな、うん、きっとそうだ。