茨城不安定労働組合

誰でも入れるひとりでも入れる労働組合である茨城不安定労働組合のブログです。

日雇い派遣日記(72)はつりの手元と文部省解体

十二月××日(月)

                 加藤匡通

 今年最後の仕事は何故かはつり屋の手元になった。とは言っても日雇派遣の話ではない。以前先行工事だけ入った現場で、もう人が住んでいるが土間の一部やり直しが出て、Y社に廻って来た。で、今日の仕事は土間のはつり。明日は土間に車止めを設置してコン打ちだ。けれども僕は明日は用事があるので休み、そして明後日からはY社の仕事自体が休みになる。つまり僕は明日から冬休みなのだ。
 はつり用の電動ピックを二台用意していたが、職人二人に手元が一人。僕ははつりガラをハンマーでかき出し袋に詰める。なんだ、はつりじゃないんだ、つまらん。僕にもはつらせてくれえ。事前に仕事の内容を聞いていなかったのではつりに必須の皮手袋もマスクも用意していない。言ってよ!おかげでコンクリートの甘い匂いを吸い込みながらの仕事になった。セメントの粉、コンクリートの粉はどことなく甘い匂いがするのだ。これは文学的な修辞じゃないぞ。あんまりかぎたくないけどな、体に悪そうだから。
 日雇派遣ではつりの手元、どころかそのものも何度かやっている。二次三次ではあるもののはつり工として同じ現場で二ヶ月はつっていたこともある。派遣会社も特別扱いで日当は一万二千円と日雇派遣では有り得ない金額だった。現場は文部省。建物そのものは残すが内装剥がして総入れ替えで内装の漆喰をはつり続けた。なんと言っても中学以来の念願だった文部省解体である(え、違う?)!そりゃ熱心に仕事したよ。おかげで腱鞘炎になって医者通いになった。でも面倒くさがって労災申請しなかったな。えーと、自己批判します。