茨城不安定労働組合

誰でも入れるひとりでも入れる労働組合である茨城不安定労働組合のブログです。

賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(207)タワーマンションのはつり養生

加藤匡通
四月××日(月)
  都心部タワーマンションの改修に来ている。集合が八時、開始が八時半なのは都心部で早朝からの音出しが出来ないからだろう。みらい平を六時二十四分発に乗れば充分間に合うんだけど、つくばエクスプレスに三十分乗るので座って眠りたいから一本早い六時三分にした。早く着いたらどこかでコーヒーでも飲んで、と思ったが集合の駅近辺にはとても連鎖店があるとは思えなかったので、北千住で乗換の時にマクドナルドに寄って少しゆっくりした。で、集合場所の地上出口に出たら、ありやがんの、マックにエクセルシオーレが目の前に。待ち合わせの相方は昔よく現場に一緒に入っていた人のはずだ。まだ早いとあたりを見回すと人待ちをしている同業者と思しき人物が電話をしている。内容からするとこのあたりはどこも八時半開始らしい。時間ぴったりに階段を上がってきたやっぱり見覚えのあった同僚も同じことを考えてどこかで時間をつぶしていたらしく、目の前の二軒を見て「なんだあるんだ」とか言ってる。
  移動して監督と連絡、詰所はタワーマンションの地下の物置みたいな場所だった。作業内容を聞いたら、個人宅玄関の床石を取り替えではつるための養生だと言う。はつりは十一時からで許可を取ってある。音や振動が出る作業は時間制限がきつくかかるようだ。今日の会社はR社で本体はいない、派遣会社から来ている僕たちだけだ。このシチュエーションは十一時までに養生を終わらせればそれで仕事が終わりと言う展開ではあるまいか?
  玄関とは言っても天井まで作り付けの収納が壁の丸一面を覆い、ドアの向こうはすぐ居間や寝室なので廊下も兼ねている。奥行きは五メートルとか図面にはあった。いずれにせよ僕が住んでいた玄関たちとは大違いだ。家賃はいくらだろうと相方と話したが、月の家賃が僕たちの年収と同額の可能性に嫌になった。「この大きさなら玄関だけで生活出来るな」「でもこの玄関だけで俺たちの一ト月の日当越えるぞ」「やってらんねぇな」日雇派遣をしていると、自分が住むはおろか友人でさえ住まないだろう大きさのマンションなんかにはよく入るものである。今回の工事期間中、住人は不動産屋が用意したホテル住まいらしい。いや、あまりの違いに眩暈がするぜ。
 さてお仕事である。まず、壁の一番上と一番下一面に水色の紙テープをぐるっと貼る。テープは「253」、「にーごーさん」と呼ばれていて、これはどの職種でも253と呼んでいるが何の番号なのかはよくわからない。このテープは下貼り用で、仕上がった面に直接ガムテープなどの粘着力の強い物を貼ると跡が着いたりポンドが残ったり、下手すりゃ傷になるので、そんなことを防ぐために使う。次に天井に近い方の253にマスキングテープを貼る。これは塗装屋なんかが使うガムテープに薄いビニールが着いている物で、これをぐるっと253の上に貼ってからビニールをそろそろと引っ張ると、折り畳まれたビニールが伸びて床まで届くのだ。思い切り引っ張れば破けたりガムテごと落ちて来たりするのは当然である。長さは何種類かあるので使い分けが出来る。長けりゃ下を畳むなり丸めるなりして調整する。で下の253にガムテープで止める。さらに各部屋のドアはプラ段でドアの形に養生する。他に傷つけたくないところにもプラ段を横倒し、腰くらいの高さにして養生。プラ段、あるいは段プレは段ボールのプラスチック版と思えばいい。断面を見ると段ボールと同じ構造をしているので名前に納得出来るはずだ。ドア養生もやはり先に253を貼る。ノブをくり抜いたりとやや面倒くさい。部屋の隅の角っこにマスキングテープを貼るのは慣れないとちと難しい作業でテープを何度も駄目にする。ガムテの部分にビニールがくっついたり、ガムテの部分同士がくっついたりすればまあそこは使えない。今回そういう難しい作業は相方まかせだ。多分会社もそのつもりでこのコンビにしていると思う。火災報知器が誤作動しないようマスキングテープで巻いて、ドアの下の隙間を253で止めて埃が各部屋に行かないようにして作業終了、これで十時半。
  監督と詰所に戻ったらはつり屋がいて、監督は再び現場の部屋に上がって行った。普通のマンションと違って上に行くのも居住者用とは別のエレベーターになる。僕たちが使うエレベーターには清掃作業員や食品の配達員が乗り込む。居住者に、マンションの維持や居住者の生活を維持するために働いている人々の姿は見えないようになっている。あー!この違いは何だ!現業がどうしてこんな扱いなんだよ!
  明らかに早上がりだが、監督は多分僕たちを忘れてはつり屋に付き合っているのだろう。しかし電話でせかす気にもならず、結局十一時半に解放された。こんなに早いのは久し振りだ。「もう少し早い時期なら桜が見れたのにな」とはマンション外構の葉桜を見ながらの同僚の弁。
  当然のように映画を見に行ったが『コズモポリス』は外れだった。まあ、レイトショーで『ザ・ブルード』見に行くからいいさ。劇場で見るのは初公開以来か?問題は帰宅が日付を越えそうで翌朝に響きそうなことだが、安心出来る翌日休みのスケジュールは組めそうにないな。無理して見よう。