茨城不安定労働組合

誰でも入れるひとりでも入れる労働組合である茨城不安定労働組合のブログです。

賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(看板に偽りあり)(229)山谷でリュックを買う

加藤匡通
十月××日(月)
  無事日雇派遣に復帰した。「帰れる場所があるのはいいことだ。」と知人に言われたが、それは違うと思うぞ、うん。
  つくばエクスプレス沿線の公共施設新築現場に通っている。百五十人程が入っている現場である。作業内容は型枠大工の手元で、ひたすら材料の集積をしている。型枠大工は現在屋上の型枠を組んでいる。鉄筋屋が鉄筋を組み、その鉄筋を囲うように大工が型枠を組み、その型枠に土工がコンクリを打つと言うのが大まかな流れだ。一階下ではコン打ちも済んで不要になった型枠を解体屋がばらしている。そこからパネルや短管、端角やサンギを集めて手上げしたり、屋上の材料をクレーンで移動したり、地上の材料を吊り上げたり下ろしたり。初日は久し振りにしては思ったより楽かと思ってしまったが、休憩までびっちりあれやれこれやれと言われて動き続けているのはやっぱりちょっときついな。
  短管や端角を担ぐのも久し振りで肩や腰は悲鳴を上げ始めている。ゴミ回収、休み時間がまともにないことを別にすれば楽だったからなあ。日雇いから離れるたびに、戻ってからがつらくなっていく。今回、クレーンを使って型枠材の移動をするのに、かつては覚えていた玉掛けの合図もワイヤーの使い方もすっかり忘れていることに気付いた。玉掛けは資格が必要だが、まあ現場でやってりゃ覚えるもんである。僕は日雇派遣の現場で覚えたし、派遣会社に登録していた同僚たちも同様である。それが見事に抜け落ちている。足場材の置き方も忘れた。今日は「トンボ持って来て」と言われて「すいません、トンボって何ですか?」と、恥ずかしい質問をしてしまった。トンボとは短い端角のことだ。言われて思い出し、愕然とした。大丈夫か、俺?
  そんなこんなですっかり日雇労働者としての自信をなくしつつある。早く地元で仕事を見つけなければ。でも、何も出来ない四十四才にまともな仕事なんてないのは今年の賃労働が物語っている。
  日雇派遣を再開し、移動は車だし現場仕事じゃないからと騙し騙し使っていたリュックがどうにもならなくなったので、新しく買うことにした。車ならチャックが駄目になってもどうにかなるが電車で移動じゃ無理だ。これが何故か僕の見える範囲で手頃な物が見つからない。ジョイフル山新には三千円を越える本格的な登山用の物しかなく、以前瞬く間に駄目になったワークマンで一番大きいのを、前買ったやつより小さい気がしながらも買ったらホントに小さくて、着替えや道具が入りきりやがらない。どういうことだ!地元の心当たりが尽きて、現場から近いからと南千住で下りて山谷まで歩いた。で、街にまだ何軒か残っている山谷の日雇労働者相手の店で千五十円でリュックを買った。店主は売上激減と言っていたが、そりゃそうだろう。山谷は寄せ場、労働者の街から生活保護と外国人バックパッカーの街へと変わってしまっている。
  しかしリュック買おうとして頭に浮かぶのが山谷とは、僕の脳内地図にもかなり偏りがみられる。