茨城不安定労働組合

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賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(261)静脈認証

加藤匡通
六月××日(木)
  稼働人員が千五百名を越す現場にR社で入った。馬鹿でかい施設を作っている。R社だけで四十名を越す。下請けが四社はいるようだ。僕の所属する派遣会社は最小で、それでも五人が入っている。朝礼は七時五十分。新規入場者教育は七時十分からでそのための最寄駅集合は六時五十分だった。定時からすると一時間以上早い。もちろんその分は出ない。朝礼が七時四十分だ五十分だと言う場合も同様である。いつか奪い返してやりたいと思う。出来れば、僕一人ではなくみんなの分も。
   現場の出入り口に静脈認証の機械が何台も並んでいて、毎朝作業員は全員、多分スーパーゼネコンの監督や売店の従業員たちも自分の静脈を、誕生日を打ち込み中指を突っ込んで読み取らせ入構している。僕も同じことをしている。
   前世紀末に入っていたある現場に、掌の静脈認証が導入されたことがあった。折り畳み式の机に置かれた装置とともにスーツ姿の女性が使い方の説明に現れた。さほど大きな現場ではなかったので作業員全員の掌の静脈認証を記録し、早速翌日から使い始め、誰も認証されず、実際の役には全く立ずに終わった。モデルケースだったとはいえ一体いくら使ったんだか。そんな心暖まることもあったので、静脈認証なんて建築現場で実用化されるのはまだまだ先の話だと思い込んでいた。あれから十五年が経っている。
   拒否することは出来ただろう。腕を掴まれて静脈の画像を撮られた訳じゃない。嫌だ、出来ないと言えばよかったのだ。その場合この現場だけではなくR社への出入りが禁止になる可能性が、それからこの現場のスーパーゼネコンの現場すべてに出禁になる可能性もある。僕一人ではなく僕の所属する派遣会社が丸ごとそういう扱いになる可能性も。そうなった時、派遣会社は僕にまだ仕事を回すだろうか?
  自宅に指紋認証や静脈認証、あるいは虹彩や声紋を使って鍵にするのなら好きにすればいい。僕は眉をしかめるだけだ。ひどく重要な情報を扱っている(と思い込んでいる)企業や研究機関の正規職員なら職場がそういったシステムを導入しても、そこまで含めた賃金だと納得するかもしれないし、システムの導入が職員のプライドをくすぐることもあるだろう。だが僕は日当八千五百円、社会保険皆無の日雇派遣である。静脈認証は明らかに賃金には含まれていない。静脈認証とは体内、この場合は両手中指の先の静脈の配置図であり、当然のように個人情報である。個人を特定出来る身体情報をどうして企業に押さえられなければならないのか理解できない。施設管理権とやらは身体情報を差し押さえるほどに強いものなのか?労働者はプライバシーを人質に取られるが、これは企業と全く非対称的な関係で、企業側は労働者の差し出す個人情報と釣り合いのとれた何かを労働者に提供してなぞいないのだ。まあ、企業と労働者の関係を正確に反映している状況ではあるな。それとも、除染手当同様ピンハネされて僕にまで回って来ていないだけで、中指先端の静脈配置図の分は手当か何かで支払われているのだろか?きっとそうなのだろう。いくら何でも割が合わない。だが、ならそれはいくらなのか答えろ元請スーパーゼネコンの××××!施主の×××××××!俺のプライバシーはいくらだ!
   朝礼では監督が、来月の全国労働安全月間に都の監督する機関のお偉いさんがやって来ると浮かれている。お偉いさんは静脈認証の装置を見ても、立派な設備でよく管理していますね、くらいにしか思わないのだろう。あんた、誰の味方なんだ?