茨城不安定労働組合

誰でも入れるひとりでも入れる労働組合である茨城不安定労働組合のブログです。

賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(常雇?)(404)また日焼けする仕事

加藤匡通
六月×日(木)
設備の現場に固定された。公共施設新築の空調の会社に入っている。毎日鉄筋を組んでいる真っ最中のスラブの上で墨出しや器具付けに追われている。コンクリート打設の日付は決まっているのでどうしても追われるのだ。設備の職人は「鉄筋入れるの半日待ってくれれば終わってるのにな。」とぼやいている。何もないところで器具や配管の墨出しをするのと、鉄筋が置かれて組み出している中で墨出しするのでは雲泥の差だ。鉄筋があれば歩くのだって鉄筋の上をバランス取りながら足元を確認して歩かなきゃならない。スケール当てるのもスラブの端に引っかけてそのままスケールを引っ張るなんて出来ない。一人が端を押さえて一人が印をつける、と二人一組でやらなきゃならなくなる。
スラブは鉄で銀色の鏡面、夏場は地獄である。スラブ自体が素手で触れば火傷するくらいの熱を持つし、太陽を反射するので暑くて眩しい。サングラス用意しないと目をおかしくしそうだ。現場に入って三日目に会社に給料取りに行ったら「加藤さん焼けましたね。」と事情をわかっていない事務員に言われた。当たり前だっつーの。照り返しのおかげで単に外での作業ならあまり焼けないヘルメットの下の目のあたりまで、くっきりと焼けている。
派遣会社は建築部門と設備部門に別れている。建築はどちらかと言えば屋内作業が多く、日に焼けることは少ない。設備は必ずしも外の方が多い訳ではないが、今回のような仕事も珍しくない。
前にも書いたけど、設備の方が給料はいい。金額を詳しくは知らないのだが、そもそもの単価がまるで違うらしい。会社としては設備の仕事を増やしたいのだが人がまるで足りていないのだと聞いた。僕も含めて建築でやって来た人間は設備に移りたがらない。覚えることは多いし図面も読まなきゃならなくなる。ある程度の年齢になってから新しく何かを覚えるのは大変だ。新規募集で集まるのは設備の素人ばかりでなかなか戦力にならないのだとか。そこで会社は改めて建築部門の戦力を設備部門へ移行させることを考え初めていて、僕をその対象にしたんだそうである。去年から設備の仕事にやたら廻されたのは前振るだったのか。こんな会社で配置転換があるとは!いいチャンス、に見えるだろうな。でも僕の心はとっくに折れている。
一月から入っていた現場は、僕が職長に「もう限界なので現場から外してくれ」と直接言った。身体にも変調が出始めていると言うと、思っていたよりは簡単に現場を外れることが出来た。残り一ヶ月は切っていたが、もう無理だった。そんなに耐えられない。何度か怒鳴られている最中に「もう耐えられないから現場から外してくれ。」と職長に言いかけたが、結局我慢してしまった。我慢なんかしなくてよかったと後悔している。
  職長は多分僕が所属する派遣会社のトップクラスの職人で、僕を鍛えようとしたのだろう。職長の言い分や苛立ちはわからなくはない。確かに彼と比べれば、何か出来るなんて言う気にもならないくらいにスピードも仕上がりも何もかもに差があった。しかし毎日「お前は何も出来ないんだから判断するな。」「現場の人間の動きじゃない。」「お前は何屋だ。それでも養生クリーニング屋か。」「向上心が全くない。」と怒鳴られ続けて「なにくそ」と歯を食いしばって仕事に向かう気概は僕にはない。賃労働は僕の実存じゃない、と言えば職長は激怒したろうが、本当はみんなそうなんじゃないのかと思う(つーかそうであってくれ。賃労働が実存だと言う人が多数派だったら僕は生きていくのが辛い。)。僕は日当分の働きしかしない、と言う発想はしない方だが、それでも手が震え、夜眠れなくなようなダメージを受けて吊り合うような日当なぞもらっちゃいないとは思う(そもそもそんな状態に追い込まれて吊り合う給料など存在しない。)。それに、どんなに仕事が出来なかろうと、言葉とは言えタコ殴りにされる筋合いはなかろう。養生・クリーニング屋の中の雑工として今の派遣会社で短く数えても五年以上、足掛け十五年はやってきた。けどもう仕事を続けられる気がしないよ。次の仕事は何にしようか。日焼けする仕事は嫌いじゃないんだが。
ちはやふる』は相変わらずブックオフで買い続け、二十二巻まで買って一旦中断、通勤時に一巻目から読み返していた。あまりに楽しいので最新刊に追いつくのがもったいなくなったのだ。こんなにも登場人物たちに感情移入しながら、長く続く漫画を読むことがこの先あるかどうか。帰りの電車で眠気を忘れて本を読むことなんて最近はそうそうない。もう二十二巻まで読み返してしまったので、最新刊まで読むことになる。正直、この二ヶ月、『ちはやふる』にだいぶ助けられた。