茨城不安定労働組合

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日雇派遣日記 賃金奴隷な日々(一人親方)(550)胴長じゃ上がらない

日雇派遣日記 賃金奴隷な日々(一人親方)(550)胴長じゃ上がらない

加藤匡通

五月××日(木)

 通水試験で貯水槽の中にいる。貯水槽は金属製の一辺一メートルの立方体を繋ぎ合わせた、高さ一メートル幅二メートル長さ五メートルの箱だ。配管が何本も繋がっていて、排水がいったんここに集まるようになっている。上部に中に入る入口が一ヶ所、一メートルしかないから手摺もない出入口を使っている。

 通水試験は文字通り水がちゃんと流れているかを確認する試験で、ピンポン球を流して確認する。僕は流れてきたピンポン球を貯水槽の中で回収する役だ。「何番流します。」と上階の排水口から無線機で聞こえ、僕が貯水槽の中で網を持って排水と共に流れ込んできた何番のピンポン球を網ですくい、入口にいる監督にピンポン球を渡す。待機時間が圧倒的に長く、実作業はとても短い。とても楽な作業である。どのくらい楽かと言うと、一日前のこの日記は作業中に携帯に一から打ち込んで完成させた。それでも時間は余ったのでこの日記も打ち込み始めた。

 ただし、貯水槽には水が流れ込んで来るのだから水の中での作業である。最初は足下十センチくらいだった水は次第に上がり一日目の終わりには四十センチを越えた。高さ一メートルの中なのでたえず膝立ちでも腰まで水は来ている。

 もちろん対策はしていて、現場で胴長と呼ばれる胴付水中長靴と言うのを履いている。釣り人や漁師が履いている、胸まであるゴム長靴だ。長靴と言うよりズボンに近い。しかし当然のようにこれを履いてれば水は防げる、なんてならない。まずどうやら左の膝あたりに穴が空いているらしく、水に浸かっていると左膝あたりが濡れてくる。ちなみに胴長は新品だ。これは予想される事態なのか胴長の箱には補修用のゴムと接着剤が入っていた。皆さん用意周到なんですね。

 そして、何より貯水槽の中は天井が低いので膝立ちで歩く訳だが水嵩はどんどん増えて行く。何故かお約束のように貯水槽に取り付けてある排水ポンプは動かないので水は減らない。大きく動けば波が立ち、胴長を乗り越えて水は入る。胸まで、は立った状態なのでしゃがめば胴長の上端は下がる。貯水槽は金属製なので床はつるつるぴかぴか、水が張られていてゴム長は良く滑る。貯水槽は立方体の組み合わせと書いたが、単に組み合わせただけだと強度が弱いので内側に縦横に補強の柱がある。手頃な高さなのでこれを避けようと身体を下げれば胴長ごと水に潜れる。わーい。しかしそんなこと、する訳がない。排水口は当然にも補強柱の向こう側にある。さすがにその辺りは考慮されていて、ピンポン球をすくう網には一メートル以上の柄がついているものの、球をすくい損ねることはもちろんあって、取りづらいところに流れると困るので慌てると滑って転び、水が入る。作業が終わる頃にはズボンも下着もびしょ濡れだ。袖だって濡れてる。

 今日で三日目だ。貯水槽の中は暑いと聞いていたが、初日は二十五度を越す夏日が続いた後にがくんと気温か下がった日だった。濡れなくてもゴムを通して水に体温を奪われる。おまけにそんなに濡れるとは思わず、着替えもなかった。なので見事に体調を崩した。喉が痛い。いつ熱が出るかとびくびくしている。

 胴長を履くと聞いて、何年も前の作業を思い出した。日雇派遣でマンション耐震改修工事に職長として入っていた時の話だ。当時のこの日記には雑作業を詳しく書いてはいないが、その一つにノッチタンクの掃除があった。

 現場でモルタルを練ったり塗装したりと言った作業で出た排水は下水には流せない。小さな工事だと気にせず流しているのを見かけるが、そんなことをしていればやがて下水道が詰まり、大事になる。だから通常は排水を一ヶ所に集め、モルタルだなんだをタンクに沈澱させて上澄みのきれいな水だけを下水に流す。このタンクをノッチタンクと言う。排水沈澱タンクと言ったところか。

 ノッチタンクには泥が貯まっていくので、時々泥を取らないといけない。ノッチタンクの大きさは色々あるがこの時は高さ一メートル二十センチ、幅一メートル、長さ一メートル二十センチくらいだろうか。大抵スコップで取って土嚢袋に入れ、ノッチタンクの上に吊るす。この泥は産廃だが、水を切らないと産廃として出せないのだ。ノッチタンク上に土嚢袋が吊るしてあるのはよく見る光景だ。

 その時は最後の方でタンクを返却すると言うことだったろうか?もう記憶も曖昧だが、タンクを空にする必要があって、僕たちに廻って来た。ピット内清掃同様の楽しそうな作業なので職長がやることにした。

 組は肘より先まで覆えるゴム手袋を渡して、これでやってと言ってきた。丈夫で大きいゴム手袋だ。その時にしか見たことはない。これを着けて手を突っ込んで奥まですくいとれ、と。

 スコップの持ち手と土嚢の持ち手の二人が必要な作業だったが、二人ともスコップをやりたがったので交代でスコップを握った。底の方になれば水の方が多くてスコップに泥はいくらも残らないし、ノッチタンクの縁に身体を預けて落ちんばかりになってすくっていたが、いやあ、その作業の楽しかったこと!ただの泥すくいがなんであんなに楽しいのか説明出来ないんだが、長大ゴム手袋を見た段階から気分は上がっていた。

 しかし今回、胴長を見ても全く気分は上がらなかった。何が違うんだか。