茨城不安定労働組合

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日雇派遣日記 賃金奴隷な日々(一人親方)(482)「わっはっは、大洗海水浴場」

日雇派遣日記 賃金奴隷な日々(一人親方)(482)「わっはっは、大洗海水浴場」

加藤匡通
十一月×日(水)
    仕事がないので大洗に行ってみた。もちろん観光ではない。水戸へビラを持って行ったので、ついでに足を延ばしたのだ。水戸まで普段は車で行っているが、今回は電車だ。車じゃ本も読めない居眠りも出来ない。
    鹿島臨海鉄道大洗鹿島線に乗ったのは初めてだった。ディーゼルだと気付いた。茨城はディーゼルの路線多いな。さらにまた運賃箱がある。既視感ありまくりだ。

 たまたま『ガールズ・パンツァー』のラッピング車両だったが、塗装が取れて錆びた車体が露出している。せっかくのラッピングなんだから直した方がいいに決まってる、けど直せないのだろう。地方の私鉄はどこも大変だと聞いているけど、見せつけられてるみたいで切ない(関東鉄道は保存していた車両を五百万で売りに出している。)。
 水戸から大洗駅までは三駅、あっという間と言ってもいい。田んぼの中をコンクリートの高架が走る。つくばエクスプレスも同じ景色だが、どちらも僕には異様な光景に見える。鹿島に仕事で行っていた時は遠くからこの高架を見ていた。
 大洗駅でまた貸し自転車を使おうと思っていた。調べてないけど駅の近所にあるだろ、なきゃないで仕方ない。ホームを下りて改札に出て絶句。改札の内側に自転車が並んでいる!貸し出しの用紙が真正面にある。駅員に声をかけて手続きをして自転車を改札から出す。自転車を持ち込める鉄道を利用したことはないので、改札に自転車を通すなんて初めての経験だ。
 さらにびっくりしたことに、駅の隣の公共施設にも貸し自転車があった。激しい客の奪い合いだな。
 もちろん観光なんかするはずもなく、図書館と本屋を目指す。大洗に来て海を見ない人がどれだけいるのか知らないが、殺風景な駅前を尻目に海に近い中心街を目指す際に視界に海が目に入る、以上海終了である。海水浴場?もう二十年以上近づいたことないいんじゃないかなあ。
 正確に言えば大洗町にあるのは図書館ではなく図書室で、その目の前には生涯学習課がある。郷土資料を探すのにはとても便利だ。小さな図書室でもいろいろと楽しむことが出来た。
 町が発行している郷土資料を買おうと生涯学習課でリストを見せてもらい、何冊か頼むと、倉庫に取りに行って、現物がきたら納付書を作るから待ってくれと言う。そもそも生涯学習課の手元に本がないことが珍しい。さらに納付書?これは税金扱いなのか、と思っていたら本当に納付書が出て来た。これに住所氏名を書けと。帰りの列車の時間もあるのでまるで納得出来ないが住所氏名を記入する。誰が何を買ったのか公文書として残すつもりか?図書室は図書室で入る時に、こちらは感染症対策なのだろうが、やっぱり住所氏名を書かされている。大洗町でプライバシーを保った生活を送るのは難しそうだ。
 さらに住所氏名を記入したら別棟の会計課に連れていかれた。本を買うのに役所の会計課に行ったのは初めてだ。ここまで見事にお役所仕事だと称賛したくなって来る。「県内何ヵ所か廻っているけど、ここまで役割分担をしっかりしている役所は初めてです。」多分伝わらないだろうな。
 本屋も寄ってみた。かつては書道用品も扱っていた様だか今では棚の七割が『ガールズ・パンツァー』関連で埋まっている。アニメだけでなく戦車関係の本も多い。なんだか同人誌まであったような気もする。正直ちょっと痛々しい。
 シラス丼を食べたかったのだが、帰りの時間を気にしていたら食べ損ねた。手頃な店を探しているうちに駅前まで出てしまう。駅前でも食べられるだろうと思っていたがそんな店はなく、いつもの様にカレーを食べる。あまりにいつも通りで笑ってしまうよ。日常的に気にしてないで、こういうときだけ上手くいくはずがないよな。
 水戸に戻って駅から二十分以上歩いてハローワークにビラを持って行くとあっさり断られた。本来の用事の半分は失敗である。さらにとらや書店も休み。まあそんなもんだろ。
  ちなみに今回大洗のいたる所でさんざん『ガールズ・パンツァー』のキャラやグッズを見かけたが、僕は全く関心がない。高校生の頃なら楽しんで見ていたかもしれない、だがもう無理だ。元から兵器に関心がなく、最近のアニメの絵柄の女の子にも何も感じなくなっている。そして、高校生の僕には硬直していると笑われるかもしれないが、何よりも戦車道と言う発想には反発しか感じない。
  週末には行く現場があるらしい。いやホントに日雇派遣と何が違うのだろう!

日雇派遣日記 賃金奴隷な日々(一人親方)(481)穴堀りに振られる

日雇派遣日記 賃金奴隷な日々(一人親方)(481)穴堀りに振られる
加藤匡通
十月××日(土)
  やっと入った現場は何度か入っていたデザイナーズマンションだった。通常とは違って建物や部屋の造りが違うのでとてもやりづらいと評判の現場だ。凝った造りで手が込んでいて、僕から見ても普段の倍は手がかかるように見えるのだから、実際に作業する職人たちからすると面倒で敵わないらしい。手が込んでいる、とはそれだけ手間がかかるの言いだ。社長は人区がかかり過ぎて赤字だと文句を言い続けているが、それは見積りの失敗であって、僕たちの知ったことではない。手がかかるんなら人区がかかるのは当たり前だ。それを安く受ける方が悪い。
  今回は穴堀りだと聞いていた。外構配管で狭いところだから手堀りで人数が必要で、V社からは三人だと言われている。穴堀りは久し振り、スコップ握るのは何年振りだろう。やる気出しちゃおっかなあー。
  下水配管のために、小ぶりな建物の周囲、歩道との隙間と言いたくなるような三、四十センチの幅を一メートル強掘るのだと言う。何故かミニユンボがあり、オペレーターまでいる。あ、あれ?手堀りは?
  植木屋のオペさんが操るミニユンボがさくさく掘り進め、僕たちはネコで掘り出した土を運ぶ。ユンボのシャベルは狭い中にぎりぎりで入って行き、手掘りなんてするところはほぼない。 一輪車を押すのは何年振りだろう。そりゃユンボが使えるんならユンボ使うだろうさ。人間と重機では勝負になんかならない。
  V社の職長も職人も中国人、僕の役割は通訳のようなところに納まった。もちろん僕に中国語が出来る訳ではない。スコップ握らなきゃ、配管もろくに出来ない僕にやれることは限られている。堀った後からすぐに中国人二人が下水の配管を繋いでいく。僕は二人と他の職人や監督との間を繋ぐだけだ。
  休憩中に社長が電話をしていた。中国人の職人とのやりとりらしい。言うこと聞かないとクビにするぞと脅している。社長が使う「クビ」は「干す」と同義である。「クビにする順番は決まってるんだ。」と言いながら人名を並べ始めた。だが、真っ先にクビとなった僕に名前が入ってない。この前「しばらく仕事ないから。」と言われた時は「交通費が高過ぎる。」とはっきり言われたのになあ。それにしても、干した人間が脇にいるのに素晴らしい神経である。僕もその半分位の神経の太さがあれば。

 

 

日雇派遣日記 賃金奴隷な日々(一人親方)(480)空き店舗を横目に

日雇派遣日記 賃金奴隷な日々(一人親方)(480)空き店舗を横目に
加藤匡通
十月××日(水)
    仕事がないので大腸がん検査を受けた。 前回時ポリープがあったので、次は二年後と言われていた。前日は食事制限で腹が減り、検査でポリープを取った場合は翌日休みになるので、やるんなら仕事のない今なのだ。
    が、検査は何の問題もなく終わり、異常がなかったので次は四年後でいいと言われた。翌日も通常通りでいいと。通常通りと言ったって仕事はない訳だが。
    じゃあビラ置いて廻るか。
   今回はどちらかと言うとコンビニとかスーパーに置いて廻っている。しかし車でビラを置いて廻っていると、店舗にしろ事務所にしろ閉めたところばかりが目立つ。去年より明らかに増えている。入居者募集の貼り紙はあるものの、いくつ埋まるものだか。新型感染症がとどめにはなったのだろうが、どうにかこうにかやってきたところ(耐えてきた、と言っていいのかもしれない。)が潰れているのだろう。車ばかりが走っていて昼間でも人気のない道路を走っていると暗い気分になってくる。
 夜になって社長から電話がかかって来た。「加藤さん今週もうふさがっちゃった?明日から土曜まで出れない?」あー、明日から遠出して置きビラに廻ろうと思っていたんだが。「えーと、出れますよ。」今月はまだ十日しか働いていない。ちょっと不味過ぎる。
 置きビラに行く先の一つは職安である。県内の職安にも軒先に、日雇い雇用保険受給者の方へ、と言った貼り紙があって、数は少ないのだろうが手帳を持ってる日雇労働者がまだいるのだと思っているのだが、どうして僕はそっちにいないんだろうな?何が一人親方だよ。いい加減な制度作りやがって。
 
 
 

日雇派遣日記 賃金奴隷な日々(一人親方)(479)こんなところに黒旗が その三

日雇派遣日記 賃金奴隷な日々(一人親方)(479)こんなところに黒旗が その三
加藤匡通
十月××日(土)
 火曜から現場はないが、なんだかんだと都内に通っている。今週は都内で学習会が二つあったし、他にも用はあって四日出ている。出たら出たで映画を見たりする。『ウィッカーマン』は楽しかった。『ミッドサマー』よりはこっちの方が好きだ。秤量攻めに合ってる真っ最中なのに馬鹿だとは自分でも思う。
 先日は下北沢で友人と会った。小田急線が地下に潜ってから初めて下北沢で降りたのだが、駅前の、と言うか駅そのものの激しい変わり様にびっくり。どこまでエスカレーターで上がるんだよ!とか、友人曰く「モディリアニの様な」駅舎とか、店の並びも含めて僕が知ってる下北沢とは思えない。壁ドンした改札は壁ドンした過去ともども取り壊されて跡形もない。前に降りた時から十年以上経ってるから当たり前ではある。さらに下北沢の街中に地元で馴染みのネットカフェ快活クラブを見かけてまたびっくり。都内で大展開してるけど何年持つかね?
 今日は『イリアス』読書会だった。前につまらなくて読めないと書いた、あの『イリアス』である。読書会にすれば嫌でも読まざるを得ない。巻き込まれ方はいい迷惑だろう。「我々も巻き込まれた口だ」と言ってみたいところだが、今回巻き込まんだのは僕の方なのでそんなことは言えない。二人で(そう、二人しかいないのだ!)つまらん!と言いながら進めている読書会が生産的かは問わないこと。「こんなつまらない本を読んでいるのに誰も褒めてくれない。ホメロスなのに。」とは巻き込まれた方の言葉である。んー、まあそれこそホメ・ロスだからな。

 読書会の前に『シカゴ7裁判』を渋谷のアップリンクで見た。映画館が再開されてから一体何本ここで見ているだろうか。冒頭の逮捕までをテンポよく見せる中に黒赤旗が映っていた。映画館で黒旗を見たのは随分久しぶりのような気がする。戦死者名が読み上げられると法廷にいる多くが立ち上がるが、裁判の不当さへの抗議と戦死者への敬意が混ざった起立なので僕には受け入れ難い。それは黙祷と同質のもので、僕には靖国思想と変わらないものに見える。

日雇派遣日記 賃金奴隷な日々(一人親方)(478)『鬼滅の刃』と『ネオ・エヌマ・エリシュ』

日雇派遣日記 賃金奴隷な日々(一人親方)(478)『鬼滅の刃』と『ネオ・エヌマ・エリシュ』

加藤匡通

十月××日(月)

 昨日、友人が『劇場版 鬼滅の刃』を見たいというので、彼の居場所から一番近いシネコンに車で行った。僕は原作もテレビシリーズも見ていなのでどんな話なのかまるでわかってないが、なんとかなるだろ。『メイドインアビス』も『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』そうして見始めたんだし。

 茨城ですら呆れるくらい上映回数が多く、通常なら十時、十二時、三時って感じだろう上映時間が十時台に十五分程時間をずらしながら四回、十二時に四回、と各時間に四回、一日で二十回の上映になっている。なんだこりゃ?こんなには埋まらないだろ。『ポケモン』も『コナン』も『君の名は。』もこんなにやってないんだから。

 十二時台に見ようと、十二時ちょっと過ぎに劇場に着くとロビーは子どもを中心とした家族連れでいっぱいだった。発券機の前に行くと、なんと十二時台は完売になっていた。ええと、席が半分になっているとは言え七百人とか八百人は入ってることになる。友人のスケジュールで考えるとその次の回は遅すぎて駄目だ。「今日は諦めようか。スケジュール考えとくわ。」

 仕方ないから昼を食べるかと近くのインド料理屋に行くとここも満員。こんなとこでまで人生を味合わせなくていいから!別の店でカレーを食べて友人を送った。

 一人になってからさっきのシネコンに戻り、『82年生まれ、キム・ジヨン』を見た。僕は原作のほうが好きだが、これはこれで悪くない。

 で、今日。小洒落た街でのスリーブ補修はどうにか終わり、ほっとしたものの、仕事はなくなった。社長は十一月過ぎまでないと繰り返している。他の仕事してていいと。いや、こんな状態でやりたい時だけ出来る他の仕事なんて見つからないだろ。日雇派遣の時はほぼなかったのに、職に着いてはその度に飢える自由を獲得してるな。

 夜になって友人から電話があった。「すまん、『鬼滅の刃』見ちゃった。」マジか!『シン・エヴァ』の予告見たいのにどうすりゃいいんだよ!また予告メインで映画館いに行くのか。たまにやってるから、まあいいけどな。

 席の予約を取っていければいいのだが、二人ともカードが使えないのでこういうことが起きる。それはそれで仕方ない。

 あらゆることが急速にオンライン化されていて、そのうち僕は社会から居場所がなくなるに違いない。先日には『ネオ・エヌマ・エリシュ』と言う古代アッシリアが舞台の漫画の二巻目が電子版のみで発売と知り腰が砕けたばかりである。単行本の五倍位までなら出すから、同人でも何でもいいので紙で出してくれませんかね?

 

 

日雇派遣日記 賃金奴隷な日々(一人親方)(477)

日雇派遣日記 賃金奴隷な日々(一人親方)(477)今でもシリコンシーラントにはちょっとときめく

加藤匡通

十月××日(木)
 先々週先週と三日ずつしか仕事はなかった。今週も月曜は休みだ。休みなのをこれ幸いと静岡まで「富野由悠季の世界」展を見に行ったりしているが、どうもまた始まったみたいだ。社長は仕事がない、どの現場も赤字だから人を入れたくないとぼやいている。そんなことは知ったこっちゃない訳だが、どうにもならなくてどこでも雇用の安全弁たるワタクシが真っ先に切られている、と。
 小洒落た街にまた来ている。現場の隣にインド料理屋があって四十いい匂いをさせているが入ったことはない。この街の店で汚れた作業服姿で入れる店があるだろうか?いや、ない(反語)。
 ベテランと二人で入ったので二人で組んで何かするのだと思っていたら別々だった。ベテランは墨出で、僕はスリーブの補修だ。
 スリーブは中に配管するための管である。中を通る配管は当然スリーブより小さいが、スリーブと管の間に出来た隙間は塞がないといけない。隙間があると火事の時に火の通り道になるからだ。 隙間にはグラスウールなんかの不燃材を詰めてから端部をモルタルで塞ぐ。ここでさらにその上から防水としてパテを塗る。パテは外壁の一番外側で、壁からは盛り上がる形になる。
 余計なことだが、スリーブと配管の隙間は全部埋めるのが建前だが、実際に全部を埋めることは少ないと思われる。スリーブを通す壁や梁が厚くなればなるほど隙間への詰め物は難しくなる。ある程度以上の厚みで全部埋めろと言われたことはない。むしろ、適当でいいと言われる。全部詰める手間はかけたくないらしい。
 今回の作業は外壁のスリーブの出口の補修で、設備は最後の仕上げ、防水材をパテでいいと思ったのだが建築はシールにしろといい、シールを打つにはモルタルが多過ぎるので削れ、と。シールはまあゴムみたいな物で、間違っても紙に糊が着いた物のことではない。シールの仕上げは外壁と同じ高さ、出っ張ってはいけないからモルタルを斫ってシールを打つ分の糊しろと言うかシールしろを作らないといけないのだ。躯体をやってはいけないので手斫りだと言う。道具は?と聞いたらハンマーと小バールを渡された。

 もう一回余計なことだが、シール材はかつて怪獣おたくの間では人形アニメ用の素材として知られていた。バスコークとかシリコンシーラントは怪獣を作る材料だと思っていたので、ホームセンターでシール材を見ては胸をときめかせていたのだ。それがガンを手にしてシールをこんなに打つ機会が来ようとは。なのに怪獣は作ったことがない。なんと理不尽な。

 モルタルを叩いてみると、詰め物が薄いのであっさり陥没する。詰め物が少ないとこういう時に役立つが、これはなんか考え方の順番が間違ってるような気もする。少し引っ込めて再度シールしろを持ってモルタルを塗れと言う指示なので適当に引っ込めて廻る。図面だと四十ヵ所近い。社長からは二日と聞いているが、これ二日じゃ終わんねーぞ?

 さらにモルタルを壁に対して凹んだ形で塗ったが、モルタルを練る小手も塗る小手もない。・・・これでどうしろと?はっきり指の跡が残る仕上がりになってしまう。とりあえずモルタルを塗ってこの日は終了。全体の四分の一位しか出来なかった。

 翌朝まず前日モルタルを塗ったところにシールを打った。足場に上って準備を始めると、同じ足場上にシール屋がいる。外壁の継ぎ目にシールを打つらしい。ええ、本職の隣でやるのかよ!うわあ勘弁してくれえ!そう思いながら手をシールまみれにしてシールを打つ。そのうち段ボールの切れっ端をヘラの代わりにしてならし始めたが、汚いことに変わりはない。シールの表面はきれいに仕上げればとてもなめらかでツルツルになるが、僕がやった物はなんともまあひどい代物で。

  素人では埒が明かないと監督も思ったのだろう。シールは後日打てる人を呼ぶから、と言われて僕はモルタル詰めまでになった。作業が楽になったのはありがたいけど、この作業いつまであるんだろ。この現場が終わったらしばらく休みと言われてるんだけどさ。

 

日雇派遣日記 賃金奴隷な日々(一人親方)(476)バンド入替

日雇派遣日記 賃金奴隷な日々(一人親方)(476)バンド入替

加藤匡通
九月××日(水)

 都内の小洒落た場所にある現場に戻ってきた。昼などすぐそばにインド料理屋があるのだが、汗まみれ埃まみれで店に入る気になれない。ああ、カレー食べたい。

 常駐している中国人は別の作業をしていて、僕は今回一人作業である。僕のいるV社の他の班が取り付けた天井の配管の吊りバンドの交換が僕の作業だ。コン打ち前に天日に焼かれながら取り付けたスリーブは配管を通すためのもので、配管は金属だったり塩ビだったりするものの天井から吊るされている。スリーブはあくまで躯体を通すための物なので、スリーブで配管を支えることはない。配管を支えているのは天井からぶら下がっている吊りバンドである。取り付けてから仕様が変わったようで、樹脂コーティングされたバンドからゴムを付けた耐震用のバンドになったが、「そんなもんお前ら(設備の元受け)が悪いんだろ。」、と取り付けた職人たちは交換しないので、その位ならできるだろうと僕が呼ばれたのだ。

 この現場に戻る前日、社長はバンド交換が四百ヶ所あると言っていた。「一日五十個がいいとこかな。」と社長。それはノルマが一日五十ヶ所ということでしょうか?そんなに出来るのかとびくびくしていたが、初日に設備の監督から図面を渡され、「この色のパイプは交換しなくていい。」と言われ、図面を見たら半分はやらなくていいのだと気づいた。

 バンドの交換と言っても、交換するのはバンドだけではなく、バンドをぶら下げている全ネジも交換しなければならない場合があると聞かされて、こりゃ手間取るなと覚悟した。全ネジとは文字通り全部ネジになっている二メートル程の金属棒のことである。何かを吊るしたり固定したりする時に使う。下手に切断するとネジ山がつぶれて悲惨な目に合う。固くて回らなかったり、受けのメス(嫌な表現だ)までつぶしてしまったりと散々だ。この場合全ネジは長くても七十センチ、短ければ十センチで、結構厚いゴムのついたバンドに取り換えると管の高さが変わってしまうかもしれず、そうなると付いている全ネジを外して長さを測って新しく切って取り付けなければならない。うわ、そりゃ五十個なんかいかねえや。

 ところが、そう脅かされたものの、実際には全ネジまで交換しなければならないのはごく少数だった。パイプの高さを確認して、バンドを外し、ゴム付きの物と取り換える、以上終わりのものばかり。初日はそもそも肝心のゴム付きバンドが午後になって届いたのでたいして進まなかったものの、二日目は五十ヶ所を越えた。で、意気揚々と社長に五十ヶ所越えてますと報告すると、「え、そんなに進んでるの!もっとゆっくりやってよ。その現場終わったら仕事ないんだから。」。どっちなんだよ!

 バンドはいろんなサイズがあって、足りないものが結構出てくる。材料さえそろってればもっと早く終わっていたろうが、結局ほぼ一週間かかった。明日は用事があって僕は休み、明後日出てくればバンド交換は終わる。丸一日かかる量でもないが、早く終わっても帰れる訳がないのでゆっくりやらせてもらおうか。

 で、土曜は現場あんの?