茨城不安定労働組合

誰でも入れるひとりでも入れる労働組合である茨城不安定労働組合のブログです。

賃金奴隷な日々 日雇派遣日記(356)自分は賃金奴隷だとまた思い知る

加藤匡通
十一月××日(金)
 千葉に鉄筋をこすりに行く仕事は続いていて、月に二回ほど通っている。それとは別で、千葉のもっと遠くに水曜から行っている。高速でも一時間半、片道で二千五百円を越える。最早全く近くもないし会社から見た方向すら違う。最寄駅から現場が遠過ぎて車でないと通えないので車を持っている人、と言うことらしい。車持っててもみんな断ってんだろうな、遠過ぎるって。僕も多少の手当が付かなければ断ってる。
  小さなゼネコンT社の仕事に派遣会社が一次で入っていて、会社からは片付けと言われ、監督には鉄骨建方合番と言われた。合番?鉄骨取り付け箇所のクリーニングでもするのか?と身構えたが鉄骨鳶の手元ですらなく監督の手元と言うより雑用係に近かった。作業中に監督に呼ばれてあれやってこれやってと言われてコンパネや端角を動かし、箒で塵を掃きと見事に雑工である。まとまって何の作業をしてくれとは言われず細切れの指示ばかり。こんなので相番とか言うなよ。何の指示もなくぼっと突っ立ってる時間も多い。これ、僕の役割は本当に必要なのか?
  初日水曜は「やることがなくなった。」と四時前で上がりになり、大喜びで八街の郷土資料館に向かった。一般道だと本当に帰り道にあるのだ。プレハブだがしっかりした展示に加えて図書コーナーの充実ぶりに目を見張る。千葉県内の行政が中心で発行された『○○市史研究』の類は全部揃ってるんじゃないのか?前回買えなかった資料を買ってご機嫌で帰って来た。
  が、よかったのはこの日だけ。建築より土木に近いからなのか、時間に追われているからなのか、十時も三時も休憩はほぼない(先に書いたように僕は手持ちぶさたでぼうっと突っ立っている。することないをなら休憩でいいと思うんだが他の職人が忙しくしてるのに雑工を休ませる訳にもいかないらしい。けど、そんな事情知らねえよ。)昼はどうにか一時間だが終わりは五時を少し過ぎる。帰りは高速代を浮かすために下の道を使うので二時間半以上かかる。月末の学習会へ向けて奥平康平の『「萬世一系」の研究』を読んでいるのだが、そんな状態なので水曜から全く進んでいない。読了出来るか不安になって来た。自動車で通勤とはこういうことだ。本も読めない眠れない、何がいいのかさっぱりわからん。
 それどころか!池田浩士と言うドイツ文学と言うよりナチス・ドイツの研究者と呼ぶ方がふさわしい人の『ドイツの戦後70年ーその現実と歴史認識』と題された連続講座がある。週に三日しか働かない都知事(なんでそのこと自体が問題にならなかったのかさっぱりわからない。)石原慎太郎が命じた統廃合によりなくなった都立明正高校の図書室で借りたTBSブリタニカ版の『抵抗者たち』を読んだのは高一で、あとがきにあった「核廃棄物を南洋に捨てようとしている今の政府は侵略戦争によって南洋を支配していた政府と本質的にどこが違うと言えるのか」と言った趣旨の言葉は、僕に初めて過去の問題と現在の問題ががつながっていることを教えてくれた。なので勝手に恩を感じている。一ト月置きの第三金曜に行われると言う。それは行かねば!と通し券も買って通っている。今回の仕事の話が来た時に、その日と被るけど大丈夫だろうと思っていた。昨日から五時に現場を出て、都内の会場に何時に入れるかをずっと考えているが、どうやっても開始時間の七時を一時間以上遅れるのだ。最寄駅から電車で行っても、都内まで車で行っても間に合わない。いや、車なら間に合うとはいかなくとも大幅な遅刻はしないかもしれないが、茨城基準からはすると信じられない額の駐車場代を払うことになるし帰りも車の運転で全く嬉しくない。ちなみに自宅最寄駅近くの駐車場はまだ一日三百円を維持している。一番手堅いのは一旦自宅まで車で戻るパターンだが、これだと会場着は確実に八時を過ぎるし、交通費は往復二千五百円近い。・・・今日は無理ってことかなあ、やっぱり。あーあ。